ちいさなロッテと育んだ大きな夢 ─プロジェクト誕生秘話─

オランダのグラフィックデザイナー、絵本作家のディック・ブルーナが描いた絵本『ちいさなロッテ』の主人公ロッテ・ライルを起用した「ディック・ブルーナ・ジャパン&BOOFOOWOO ユニバーサルデザイン バリアフリープロジェクト」。

そのきっかけは、プロジェクトマネージャーである・水戸川真由美の長女、恭子の出産後に巡り逢った彼のアートでした。産後、脳性まひと診断された恭子との育児を通して育んできた28年越しの夢が実現しました。

出産後、突然の告知。そして運命的な出逢い

~大切な大切な1冊~ 

はじめまして。プロジェクトリーダーの水戸川真由美です。 (1984)になった長女の恭子、7歳違いの次女の恵梨、 (1998)の長男、裕(ゆたか)の3人の子どもがいます。

 

恭子は出産時、分娩仮死で生まれました。そのとき、難産の末、仮死(後クモ膜下出血を起こしたことが判明)のためすぐにNICU(新生児特定集中治療室)へ。

3日 後にやっとわが子に会えたと思ったら、突然、担当医から「脳の細胞が一部破壊されている」と脳性まひの宣告を受けました。当時、「赤ちゃんは元気に生まれ るもの」と信じて疑わなかったわたしは激しく落ち込み、出産直前まで働いていたことなど、何度も自分を責めました。「あのとき会社を休まなかったからこう なったの!?」

 

「わたしたち家族には未来がないの!?」

「二人目出産なんてコリゴリだわ」……etc.

 

大きな転機が訪れたのは、恭子が2歳くらいの頃。恭子を療育センターに預け、私自身が精神的なケアを受けていたときでした。なかなか這い上がれない日々が続く中、表紙の暖かいアートに惹かれ手にしたのが『ハンディキャップをもつ赤ちゃん─心配しているパパとママへの贈り物』(中村安秀著/主婦の友社/1986年※絶版)という本でした。

表紙や挿絵はディック・ブルーナ氏が担当していました。

 

本の内容は、病気をもって生まれた赤ちゃんについて知っておきたい知識や両親の心がまえ,体験談などが優しい言葉で、丁寧に書かれたもの。

涙を流しながら読み終えた時「前を向いて歩こう」と元気が湧いてくるのを感じました。恭子との将来に勇気と希望を感じることができたのです。

 

そしてこの本には、『ちいさなロッテ』という絵本の主人公、ロッテちゃんも描かれていましたが、そのことに気付くのはもっと後になってからでした。

一目で車椅子とわかるマークがほしい

恭子は肢体不自由のため就学前まで、「障がい児用車椅子」と呼ばれる大きめのバギーに乗っていました。今は、外国製のものをはじめサイズ、機能性ともに幅広く充実しています。街を歩くと、「なぜあんなに大きい子がバギーに乗っているの?」「邪魔なんだけど」という視線が突き刺さることしばしば。わざとバギーにぶつけられたこともありました。これは特別なことではなく、現代においても現実的に見られる光景です。

 

「身体が不自由で歩けなくて、大きなバギーに乗っています。でもこれ、車椅子なんです」と、幾度も説明していました。
何か一目でわかるようなものがあればいいのになあと思っていました。

当時のわたし。ピンぼけで丁度いい(笑)


 

現在の障がい児用バギーは種類も豊富。

(株)コーヤシステムデザインBUDDY

 

 

ディック・ブルーナ氏がアートを手がけたあの本との出逢いから数年後。ある日、本の中にいるあの子のことを思い出しました。モノトーンで描かれたロッテちゃんです。その後、間もなくして、某エレビ局でディック・ブルーナ氏の動画を放送していたとき、ロッテちゃんのストーリーが放送されているのを見つけました。モノトーンではなく、カラーで動く『ちいさなロッテ』でした。でも、当時その絵本は日本ではまだ翻訳出版されておらず、ほしくても手に入りませんでした。車イスの女の子のお話がテレビで放送されるのも画期的な時代でした。

ロッテ   

オランダ語版『lotje1990年初版

 

日本語版『ちいさなロッテ』。みんなでにっこり(右)。


そんなある日、知人のテレビ番組の制作会社のディレクターがオランダへ取材に行くことを知ったわたしは、「買ってきて!」と必死に頼みました。撮影の合間をぬって、私の熱いお願いをかなえてくれました。とても無謀な頼みごとでしたが、ロッテちゃんがわたしの手元にきてくれことは本当にラッキーだったと思います。

 

そして2000年に、日本でも『ちいさなロッテ』が出版されました。お話の結末もとてもすてきなアートになっていました。

「なんてかわいいんだろう」「なんて素敵なお話なんだろう」。日本語版の『ちいさなロッテ』を読んだわたしは、「ロッテちゃんのグッズがほしい」と思いつきました。「これをバギーや車いすに貼ったり、下げたりすればわかりやすいはず。グッズを通して、この子にナビゲーターになってほしい」と。

 

また、その頃から恭子を預けていた支援施設長さんが、よくこんなことをおっしゃっていました。

「キョンちゃんママ、とにかくお洋服は明るい色を着てね。よだれが出やすいし、どうせ汚れるから首に巻くのは試供品のタオルでいいわって思いがちよね、『どうせ』はダメよ。おしゃれも当たり前に。子育てを楽しもうよ」と。

 

「そうだよね、そうなんだよ。ちょっと物事の角度を変えれば楽しめるよね。おしゃれしたっていいんだよ」。そんなことをも気づかせてもらったこの言葉を、『ちいさなロッテ』を読みながらふと思い出しました。「ロッテちゃんだったらおしゃれでかわいいじゃない。グッズがほしいよ~~っ!きっと車椅子バギーに乗っている本人が楽しくなるよね」

 

世界的に有名な作家さんにこの声は届くはずもなく、ずーっと月日は流れ、恭子が7歳のときに次女の恵梨を出産。恭子が14歳のとき、長男の裕が産まれました。

裕はダウン症候群があります。療育時代の友だちのお母に紹介で知り合ったのが、子ども服ブランド「株式会社ブーフーウー」の代表、岩橋麻男さん(現:顧問・クリエイティブディレクター)です。

まさに、裕の存在がつないでくれたご縁です。

 

ある日、岩橋さんに「ロッテちゃんの存在を話したのです。ユニバーサルとバリアフリーをあわせた社会に優しいグッズが有ればいいのに・・」と、その夢の話を打ち明けたのが (2013年秋)のこと。すると、おもってもみない言葉が岩橋さんからありました。

「その企画やってみる?ライセンスが取れるかやってみよう」共感し動いてくださいました。ブルーナ・

ジャパン社もこの新しい発想の企画に賛同してくださり、その後はとんとん拍子で話が進み、あっという間にロッテちゃんのグッズ展開が決まったのです。

 

恭子との将来に希望を見出すきっかけを与えてくれた、あの本とブルーナさんが産んだロッテちゃんに出逢ってから、27年が経っていました。

 

私はこどもたちにこの言葉を贈りたいと思います

「産まれてきてくれてありがとう。母はとてもうれしいよ。母にしてくれてありがとう。産前産後のケア活動も継続していくよ。障がいのある赤ちゃんのお母さんとして頑張っている人たちを支えていくからね。この企画はそのためのものでもあるんだよ。あなたたちの存在は偉大です」

 

2014年秋、世界で初めてバリアフリーの視点から企画されたディック・ブルーナ氏のキャラクターグッズがデビューします。赤ちゃんとママ、パパにそして、お年寄りや動物、優しい社会の実現、そしてすべての人がともに支え合える社会環境を目指し、日本全国へと展開していきます。

 

車椅子に乗った小さな女の子『ロッテちゃん』をぜひアイドルにしたい!

2020年には、パラリンピックが東京で56年ぶりに開催されます。その頃、ロッテちゃんが一人でも多くの人から愛されるキャラクターになりますように。日本が障がいに関係なく、誰もが共存し合える優しい国になりますように。これが今からの実現にむけての大きな夢です。

 

「ちいさなロッテ」(文・絵 ディック・ブルーナ/訳 かどのえいこ/2000年/講談社)※残念ながら絶版